茂みにひっそりと口を開けた緑のトンネル。獣道だろうか、踏み固められた小道が、誘うように奥へと続いている。背をかがめ、一歩一歩確かめるように歩を進める。突然、視界が開け、そこに広がるのは静まり返った一面の沼だ。いつか見たことがあるような、しかし確信はない、記憶の底に深く沈んでいた風景が目の前に現れて、あなたは戸惑う。
履物を脱ぎ、そっと水面に足を踏み出す。子どもたちはただ、無邪気にこの風景を受け入れて、興奮して水面を走り回るが、多少とも分別をわきまえたあなたなら、これが戸外に広がったつなぎ目なしの鏡面であることに気づいてはいても、初めの数歩に怖れを感じはしなかったか?慎重に足を運び、反転した広大な空、流れる雲、風に騒ぐ木々、そしてあなた自身の姿を覗き込む。旧民俗文化センターの屋外に目[mé]がつくりだした《Elemental Detection》は、緑のトンネルの入り口から、水面に降り立ち、反転した世界に身を置いて、そこからふたたび帰還するまでの一連のプロセスがすべて作品である。このプロセスは分断できない。一連の行為と心のゆらぎそのものが、彼らの作品なのだ。自分の足で、こうして確かに踏み立つ世界。しかしそこは、極小に向かえば量子たちが生み出す不確かな世界であり、極大に向かえばダークマター、ダークエネルギーに満ちた不確かな世界でもある。私たちはそんな世界に生きている。日常に時折姿を現す裂け目として、目[mé]の《Elemental Detection》は、私たちが生きていくこの世界の深遠な不思議さを、見事なまでに予感させてくれるインスタレーションであった。
芹沢高志(さいたまトリエンナーレ2016 ディレクター)
※さいたまトリエンナーレ2016 公式カタログから転載